七夕の由来が怖いって本当?行事食にそうめんを食べる理由はなぜ?

七夕の由来が怖いって本当?行事食にそうめんを食べる理由はなぜ? お役立ち情報
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今年ももうすぐ七夕がやってきますね。

七夕の由来が怖いってお話、聞いたことありますか?

なぜ七夕の由来が怖いのか気になりますよね。

子供の時から七夕を知ってはいるものの由来については知らないという人も多いのではないでしょうか。

そして七夕の行事食であるそうめんですが、なぜそうめんを食べるようになったのでしょうか。

今回は、七夕の怖い由来と行事食であるそうめんを食べる理由はなぜ?なのかご紹介させて頂きます。

七夕の由来が怖いって本当?

七夕の由来が怖いって本当?

 

現代日本では七夕は年に一度離れ離れになった織姫と彦星が天の川渡って会えると言い伝えられていますよね。

七夕に天気が悪いと川に水があふれて織姫と彦星が会えないから鵲(かささぎ)が橋を作ってくれ会えるといわれています。

幼いころから七夕の日には短冊に願い事を書き笹の葉につけるという家も多いのではないでしょうか。

それは織姫と彦星が会えるように天気になるようにお祈りするという意味も込められているそうです。

そんな日本の夏の行事、七夕は日本の古来からの風習と中国の風習が混ざり合ってできているそうです。

七夕の由来が怖いなんてイメージにありませんがなぜ実は怖いといわれているのでしょうか。

怖いといわれる理由を見てみましょう。

 

七夕の由来は?

日本で七夕の由来は諸説あると言われていますが、特に近いと言われている由来をご紹介します。

五節句の一つ「七夕(しちせき)」をたなばたと呼ぶ語源といわれています。

それは【棚機津女伝説(たなばたつめ)】の民間伝承からきているそうです。

【棚機津女伝説(たなばたつめ)】は乙女が水辺の小屋にこもり、【棚織たなばた】という横板の棚がついた織機を使って一か月後にやってくるお盆でご先祖様を迎えるために一晩で白い布を織り神様に捧げていたという民間伝承です。

 

七夕は中国から伝わった?

中国では6世紀ごろの書籍【荊楚歳時記(けいそさいじき)】に織姫と彦星の話が書かれており、中国の行事【乞巧奠(きっこうでん)】のもとになっているそうです。

【乞巧奠(きっこうでん)】とは織姫は機織り〈はたおり〉がとてもうまかったことから、針仕事をする女性が織姫のように機織りなどが上達するようにお供え物をして祈る行事とされています。

それは日本に奈良時代には伝わっていたとされており、日本では「七夕 しちせき」として広まったそうです。

そして日本でも芸や技の上達を願う行事としてお供え物をして【乞巧奠(きっこうでん)】が行われていました。

 

七夕伝説「織姫と彦星の物語」

七夕伝説「織姫と彦星の物語」

誰もが1度は聞いたことがある「織姫と彦星の物語」

かなり有名なお話ですよね?

天の川を挟んで、年に1度だけ2人が会えるロマンティックな物語。

そもそも何故、年に1度しか2人は会えなのでしょうか?

織姫は天の神様の娘で、とても働き者で機織(はたおり)が得意。

彦星は天界の牛の世話をする牛使いで織姫と同じくとても働き者でした。

織姫と彦星はとても仲が良く、天帝は二人の結婚を認め晴れて二人は夫婦となりました。

しかしとても働き者だった二人は、結婚したとたんに働かなくなってしまったのです。

怒った天帝が二人を引き離して、二人の間に天の川を作り、会えなくしてしまいました。

しかし会えなくなり悲しんでいる二人を見て、1年に1度だけ会うことが認められました。

その年に一度の日が7月7日でした。

夫婦なのに年に1度しか会えないなんて、悲しいお話ですね。

調べてみましたが、怖いという話はありませんでした。

 

七夕は日本だけの行事?

七夕は日本だけの行事だと筆者は思い込んでいましたが、どうやら違うみたいです。

中国から七夕が伝わってきただけあって、アジア圏でお祝いされています。

アジア圏以外にもヨーロッパで七夕に似た星の物語があるそうです。

最近ではアメリカ合衆国でも七夕のお祭りをする所が増えてきました。

 

七夕はいつから始まった?

奈良時代に伝わり孝謙天皇が行事として【乞巧奠(きっこうでん)】が行われていました。

貴族や武家の行事として行われていた七夕の行事ですが、江戸時代になる頃にには庶民にも伝わりお祝いしていたそうです。

江戸時代には短冊に詩歌を書いていたそうですが、江戸時代後期には子供の行事として変わっていきました。

江戸時代初期には前日に用意されていた短冊飾りですが後期には2日ごろから準備されるようになったそうです。

明治時代には七夕を含む五節句が廃止されてしまったことで、七夕は祝日ではなくなりすたれて行ってしまったと言われています。

地域によっては現代も大々的に七夕まつりが行われています!

 

日本三大七夕祭りはどこ?

日本三大七夕祭りはどこ?

七夕三大祭りが行われるのは

  • 愛知県一宮市の【おりもの感謝祭一宮七夕まつり
  • 宮城県仙台市の【仙台七夕まつり】
  • 神奈川県平塚市の【湘南ひらつか七夕まつり】

があります。

 

七夕の行事食にそうめんを食べる理由はなぜ?

七夕の行事食にそうめんを食べる理由はなぜ?

七夕の夕食にそうめんを天の川に見立てて、そうめんを食べるご家庭が多いです。

七夕の行事食にそうめんを食べる諸説はさまざま。

索餅(さくべい・唐代の中国から奈良時代に日本に伝わった唐菓子の1つで素麺の祖となったとも言われている食品のこと)が時代と共に、いつしかそうめん(うどんも)へと形を変えていったという説があります。

7月7日に亡くなった子供が鬼となり病気を流行らせた時に、子供が大好きな索餅を備えたらたたりが収まったという話が元になっています。

食欲がなくなり体力が落ちる夏にそうめんを食べて、1年間の無病息災を願うという意味もあるみたいですね。

七夕物語では、織姫が織機で使う白い糸をそうめんに見立てています。

 

七夕の行事食そうめん以外に何がある?

七夕の行事食そうめん以外に何がある?

やはり縁起がいいものや七夕飾りにちなんだ食べ物ですね

  • (七夕飾りの笹にちなんで)笹巻ずし
  • ちらし寿司
  • 稲荷チラシ寿司
  • 索餅(小麦粉を使った生地をねじって揚げて作るお菓子)

7月7日は七夕のイメージが強いですが、たけのこの日・冷やし中華の日でもあります。

7月7日に竹から生まれたかぐや姫の竹取物語にちなんで、全日本竹産業連合会が制定しました。

日本記念日協会に登録されているれっきとした記念日です。

7月7日に、たけのこ料理や冷やし中華を食べるのもいいかもしれませんね!

 

七夕に食べるお菓子は何?

七夕に食べるお菓子は何?

やはり前述した索餅ですね。

索餅は小麦粉の記事をねじってあり、揚げたお菓子。

食感はかりんとうに似ているそうです。

今では、ご家庭用に簡単に作れる砂糖などを使用して、お菓子向きにした索餅のレシピがたくさんあります。

索餅(さくべい)の見た目は、棒状のドーナツのような、かりんとうやチュロスのような感じで美味しそうですよ。

調べてみると七夕のお菓子レシピが結構あるので、七夕に作って食べてみてはいかがでしょうか?

そのほかには笹団子やようかんなども食べられているようです。

最近では天の川に見立てられたきれいな色の和菓子なども和菓子屋さんで売られていますよ!

 

まとめ

七夕の由来が怖いって本当?行事食にそうめんを食べる理由はなぜ?

 

いかがだったでしょうか?

今回は七夕の怖い由来や行事食であるそうめんを食べる理由はなぜか調べてみました。

七夕の由来となったお話は、年に1度しか会えないロマンティックな物語だと皆さん思っていたと思いますが、怖い話というよりは悲しいお話というニュアンスがあってるようですね。

行事食であるそうめんを食べる理由はなぜか、いくつか諸説があることが分かりました。

七夕にそうめんを食べる理由としては織姫が得意な機織りの白い糸に見立てられたそうめんを食べるようになり、現代では食欲がなくなり体力が落ちる夏にそうめんを食べて、1年間の無病息災を願うというお話が納得しやすいかなと思いました。

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